一歩

明治から大正・昭和に活躍した、武者小路実篤という文豪がいます。『お目出たき人』『世間知らず』『友情』などという作品があります。この人のことで有名なのは、「仲よき事は美しき哉(かな)」という文字が書かれた素朴な書画です。昭和の真ん中ころには、この書画が結婚したときに、よく贈られていたそうです。私の実家にも、ぼんやりとした柿の木に柿の実がなっている絵の中に、この「仲よき事は美しき哉 武者小路実篤」という文字があったのを覚えています。なぜかトイレのドアの上にかけられたいましたが、結婚式の時に友人から贈ってもらったと両親が言っていました。さて、その武者小路実篤の言葉に次のようなものがあります。

「いかなる時にも

 自分は思う

 もう一歩

 今が一番大事な時だ

 もう一歩」

先ほどの言葉と大きく雰囲気が違います。彼の作品はわりあい穏やかな筆致で描かれているのですが、彼の人生は峻烈な一面もあったそうです。三流と揶揄された文芸誌『白樺』を一流誌へと育て上げたり、「新しき村」という自らの理想を実践する場を導いていました。この言葉は、まさに彼の人生の理想を実現するための人生観を象徴しています。一歩、もう一歩と前進を続けて理想を実現するのだと、心を鼓舞されるようです。