古墳

銭塚古墳

 本校の敷地内には銭塚古墳があります。

 銭塚古墳は、百舌鳥古墳群のほぼ中央部に位置し、仁徳陵古墳(大仙古墳)、履中陵古墳(ミサンザイ古墳)など巨大な前方後円墳に囲まれています。

 銭塚古墳は、明治時代の地図には、前方後円墳として描かれ、その頃の地籍図では、濠のあったこともうかがえます。しかし、大正年間の絵図などでは、前方部や濠は見られず、現在と同じような形状になっていました。

 銭塚古墳の発掘調査は、過去に3回実施され、全長約72m、後円部の直径が約54mの前方後円墳であることがわかりました。特に、平成19年度の調査では、墳丘上から円筒埴輪列が確認されました。他に、朝顔形埴輪や蓋形埴輪も見つかっています。

 銭塚古墳は、埴輪や古墳の形から、西暦5世紀中頃に作られたものと考えられます。

kohun1.pngkohun2.png

堺支援学校周辺の様子

 2005年に撮影された航空写真です。仁徳陵、 履中陵に囲まれて堺支援学校が建っていて、学校敷地内に銭塚古墳があります。

kohun3.png

※注意※

学校関係者以外の立ち入りを禁止しています。