さよなら平高

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★卒業式並びに閉校式(終了しました)

2月28日 第46回卒業式並びに閉校式が行われました。

たくさんの方にご参加いただき、お見送りいただいたこと、感謝申し上げます。

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◆◆閉校式式辞

 私が中学校2年生の時です。私はお隣の東住吉区の中学校に通っていました。担任の先生が、「新しい高校が平野区にできるから。」と、教室にパンフレットを貼り出しました。そこには「大阪府立第133高等学校」と書かれており、それを見て、クラスメートと、「学校名もまだないんや」とか、「平野区やのに大和川より南にあるで」とか言ったのを覚えています。これが平野高校と私の初めての出会いでした。

 こうして、平野高校は1980年(昭和55年)4月に開校しました。もともとこの場所には、「中ノ池」と呼ばれた大きなため池があり、これを埋め立てて平野高校をつくったのですが、工事がなかなか進まず、4月になってもトイレが使えず、隣の恵我小学校のトイレを借りるという状況で開校しました。
 そして、本校の1期生、12クラス564人が入学しました。ちなみにこの時、志願者は703人、競争率は1.25倍と、本校への期待は非常に大きいものだったと思います。そしてここから、今日まで続く平野高校の歴史が始まります。

 平野高校を語るのに絶対に忘れてはいけないのは、「専門コース」の存在です。現在の「環境科学コース」と「人間福祉コース」のことです。大阪府立の普通科の高校で、このような専門コースのある高校は33校ありますが、最初に専門コースをつくったのが平野高校です。「21世紀は環境と福祉の時代になる。だからこれを学校の特色にしよう」という当時の校長先生の方針のもと、21世紀のはじめ2001年度(平成13年)に「環境・人間専門コース」をつくり、それが現在の「環境科学コース」「人間福祉コース」に繋がっています。人間福祉コースでは、地域の福祉施設には大変お世話になり、おかげで介護職員初任者研修修了の資格取得についても最後まで続けることができました。

 また、平野高校と言えばビオトープ、と言うくらい有名ですが、これはグラウンドの西側に残されていた ため池を、2000年(平成12年)の夏から改修したものです。テニスコート15面以上の広さがあるため、改修には1000万円以上かかるということで、それなら皆で協力しようと、環境コースの生徒や教員が中心となって5年間かけて作り上げました。
 その後、大きな東屋や水車が、卒業記念品として贈られ、学校のものとしては全国に類を見ない規模である現在のビオトープとなり、今日まで授業や地域交流で活用しています。

 さらに、国際交流では、2016年(平成28)年に、韓国の大成一(デソンイル)高校と姉妹校として提携し、コロナ禍の時期を除いて毎年交流を続けてきました。特に今年は大阪府の援助もあり、全校生の2割以上になる18人が7月に韓国を訪問し、最後の交流をさせていただきました。なお、大成一高校との交流は来年度から長吉高校が引き継いでくださることとなりました。

 教育活動だけでなく、生徒たちの学校生活へのサポートには地域から多大な協力をいただきました。学校生活を続ける自信がなくなった生徒について、出身中学校や時には小学校の先生にも力をお借りして、無事に卒業できるようになった生徒もいます。
 また、平野区には「ひらの青春生活応援事業」として、高校生活を精神面から支えていただきました。
 さらに今年度は、PTAや同窓会、学校後援会の強力なバックアップのおかげで、居場所事業としての食堂「まんぷく食堂」を開設することができ、毎日始業前の朝ご飯と、午前中授業日の昼ご飯を、教職員の手で生徒たちに提供することができました。
 ご協力くださった皆さまに、この場を借りてお礼申し上げます。

 私は2年前に平野高校に赴任しましたが、とても嬉しいことが何度もありました。そのうち2つを紹介します。
 まず一つ。体育大会が終わった後のことです。生徒や担任が教室で終礼を行っている間、空いている教員で片付けをしていたのですが、体育大会に来てくださった卒業生の方々が、片付けのお手伝いを自らしてくださっていたのです。こちらからお願いした訳でもなく、本当に自然に手伝ってくださいました。
卒業生の方々も、平野高校を愛してくださっているのが、とてもよくわかりました。
 2つめ。就職の求人票が届く7月のことです。私が今まで勤めていた高校では、人事担当者が持ってくる会社が普通でした。しかし、平野高校では、卒業生も一緒に来校する会社がたくさんありました。そして、生徒90人余りに対して1000社を超える事業所から求人票が届きました。卒業生が地域社会で活躍しており、後輩を支えてくれていることを、何より誇りに思いました。

 このように、地域に支えられ、今まで成長してきた素晴らしい平野高校ですが、少子化の波には抗えず、授業料無償化の影響もあり、本年度をもって閉校することとなりました。しかし、本校の今までの取り組みや、人間福祉コース・環境科学コース、国際交流をはじめとした平野高校ならではの特色や、「学び」とは何かと考え続け、様々な課題に立ち向かってきた本校の教育活動は、大阪府の教育の大きな財産だといっても過言ではありません。

 そして、今年、最後の生徒である44期生3クラス89人が卒業し、卒業生は10960人となりました。卒業生すべての名前の載った卒業証書授与台帳の最後に、先日、私は「以下余白」と書き入れました。本校の卒業生が増えることは、もうありません。

 平野高校は松原高校と機能統合することとなり、本校の様々な教育活動は松原高校へと引き継ぎます。松原高校には平野高校の記念室をつくり、そこには正門にある「平野高校」の表札をかけています。そして、今までの卒業アルバムや文集をはじめ、周年記念誌、部活動での表彰状やトロフィー、制服のミニチュアなど、本校にゆかりのあるものを展示しています。また、廊下に飾ってあった美術や書道の作品のうちいくつかは、松原高校の廊下に飾り、ビオトープにあった環境科学コースの記念樹は松原高校の正門横へ植え替えます。

 閉校は、とても残念なことですが、平野高校での経験や体験、学び、そして、たくさんの思い出は消えることはありません。また、最後まで私たち全員に「学び」の本質を考える機会を与えてくれたのが平野高校です。私自身もこの平野高校で多くを学びました。今日、本当にたくさんの方がお越しになり、皆さまとともに閉校を迎えることができました。これこそが、平野高校がいつまでも愛されている「あかし」だと思っています。そして、平野高校の教育活動は、卒業生、保護者、教職員、地域の方々の記憶の中に永遠に生き続けます。

 最後に、44期生、最後の卒業生の皆さんへ

 毎朝、にこやかに挨拶をしてくれたキミ / 授業中、廊下を歩いている私に、教室から手を振ってくれたキミ / 還暦を迎えた私に赤をベースにした作品をプレゼントしてくれたキミ / 部活動で、部員が自分ひとりになっても、最後までやり遂げたキミ / 学年末考査の感想に、「まさか自分が英語にふれる大学に行くなんて思わなかった。」と書いたキミ / 追い出しライブの案内を校長室まで持ってきて「絶対に来てくださいね」と誘ってくれたキミ / まんぷく食堂で食後に「ごちそうさま、おいしかったよ」と食器を返しに来てくれたキミ / 莫大な追認課題を「先生、一日でやり遂げたよ」と満面の笑みで報告してくれたキミ / そして今日ここで私の話を聞いてくれているキミたち....。

 私にとっては、たった2年だったけど、そんな皆さんに会えてホントに良かった。そして、皆さんのことを誇りに思っています。ありがとう。
 ホントにおもしろい、楽しい毎日でした。私はここで皆さんと過ごしたこと、平野高校のフィナーレを皆さんと一緒に迎えたことを絶対に忘れません。皆さんも、本校で得たすべてのことを糧に、日本中、いや世界中で活躍されることを強く願っております。

 結びに、あらためて、46年という間、平野高校を支えてくださったすべての皆さまに、心から感謝を申し上げるとともに、皆さま方の今後のご活躍とご多幸をお祈りし、私からの式辞といたします。

「平野の讃歌  永遠に歌わん」

令和8年 (2026年) 2月28日
大阪府立平野高等学校 第14代校長 小畑敦彦
46年間、本当にありがとうございました。

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卒業式式辞

 ただいま卒業証書を授与いたしました 44期生の89名の皆さん、
卒業ほんとうにおめでとう!
 保護者の皆さま、ご家族の皆さま、誠におめでとうございます。
 また、このハレの日に、大阪府教育委員会 教育監の 大久保宣明さま をはじめ、大阪府議会議員の先生方、平野区の区長さま、地域の小中学校の校長先生、本校を支えてくださってきた方々など、本当にたくさんのご来賓の方々がお越しくださいました。本日のご臨席と、今までのご支援に対し、高いところからではございますが、厚くお礼申し上げます。

 さて、皆さん44期生をお迎えしたのは3年前の4月10日でした。再編整備計画で本校が閉校になることが発表された後に、「それでも平野高校で学びたい」と、本校を選んで入学してくれたのが皆さんです。入学してすぐに新型コロナウイルスが5類感染症に変更され、高校生活も本来の形で始められるようになりました。大雨の翌日に行われた体育大会は、初めての学校行事で、3つの学年が揃う最後の体育大会でしたが、上級生の背中を一生懸命追いかけていた姿は印象的でした。
 2年生では、後輩がいない中、体育大会では、3年生といっしょに主体的に動き、リレーでは、最後まであきらめず、ゴールまで全力で走り抜く姿がとても頼もしく感じられました。また、文化祭では、ちょうどハロウィーンと重なったこともあり、お化け屋敷やミステリー仕立ての映像作品に取り組みましたが、クラス全員が楽しそうにかかわり、とても完成度の高い作品を作り上げました。
 そして3年生。全校生徒が自分たちだけという特別な状況を前向きに捉え、今年だからできることにいろいろチャレンジしてきました。体育大会や文化祭はもちろん、韓国デソンイル高校との交流や留学生とのイベント、閉校プロジェクトにも取り組みました。この前のアンケートで「行事などに積極的にかかわった」と答えた人は94%にものぼりました。また、一番大切な授業にも、時には眠くなることもあったけれど、一生懸命に向き合ってきました。進路に向けても、面接練習を友だちや教員と何度もしている人も多く、最終面接として校長室で練習したときには、自信を持って送り出せるほど成長していました。

 人生百年とも言われる現在、高校の3年間なんて、たった3%しかない短い時間です。しかし、平高での高校3年間は、決して「たった3%」などという、うすっぺらいものではなかったはずです。良い日もあれば、悪い日もあった。思うようにいかない勉強、友人関係に悩んだ日。大切な人と気持ちがすれ違ってイライラしたこと、自分の将来が見えなくなった夜もあったことでしょう。この「たった3年間」の間に、皆さんは多くのことに挑戦し、さまざまな出会いを繰り返しながら、あきらめずに自分と向き合い、一歩ずつ前に進んできたのです。『あきらめずに困難を乗り越えたからこそ、皆さんは確実に強く大きくなれた』のです。このことはぜひ誇りに思ってください。また、それは決して自分ひとりの力だけではなく、同じように乗り越えてきたクラスのなかまや、保護者や家族の方、先生方など、あなた以外のだれかも、きっとあなたと同じ思いで支えていてくれた、応援してくれていた、ということも、忘れないで欲しいと思います。

 保護者の皆さま、家族の皆さま、改めまして、お子様の卒業を心からお祝い申し上げます。皆さま方には、3年間にわたり、本校の教育活動にご理解ご協力くださったことを、この場をお借りして、教職員を代表して心から厚くお礼を申し上げます。今日の卒業式を迎えられたのも、皆さま方の支えがあってこそです。本当にありがとうございました。成人年齢が18歳になっているため、4月には卒業生すべてが成人になります。その意味では、今日は保護者の皆さまにとっても卒業式であるといえます。これまでのご苦労に心から敬意を表したいと存じます。

 あらためて、卒業生の皆さん。これからは、自分自身が選択した一つの進路に向かって活躍していくことになります。卒業は終わりではなく、新たなステージへの出発点です。そこでは、平野高校で学んだ知識と経験は、貴重なアイテムとなります。ここで大切なことは、漫画「名探偵コナン」の中での灰原哀の言葉を借りると、「その知識を、どこで活用するか」です。そして、新たな出発だからこそ、自分としっかり向き合ってください。「何をしたいのか」「どう生きていきたいのか」。簡単ではない、正解のない問いに向き合わなければなりません。未来社会は皆さん一人ひとりがデザインするのですから。

 ここで、一つの歌の歌詞を紹介します。この前のレコード大賞に選ばれた、Mrs. GREEN APPLE の「ダーリン」です。

  みんなと同じだからって
  僕の 私の  わだかまりが楽になるわけじゃない
  Darling  本当の音を聴いて
  やるせない日々の膿は出切らないけど
  ねぇ 私の私で居てもいいの?
  あの子にはなれないし
  なる必要も無いから

 これから社会に出る皆さんは、他人と比べられ、評価され、時に自分の価値がわからなくなる瞬間に出会うこともあるでしょう。どうして良いかわからない日も、正解が見えない夜もあるはずです。そんなときこそ、この歌詞を思い出してください。この歌詞が伝えているのは、「なにも着飾らなくていいよ、自分らしくあれ、自分自身を信じていいよ」ということです。完璧でなくていい。迷いながらでいい。もしかすると回り道をすることもあるかもしれない。でも大丈夫。その回り道は近道かもしれませんし、無意味なことなんて一つもないのです。学校に比べ、社会はとてつもなく広く、厳しい場所でもありますが、あなた自身の居場所をつくっていける場所でもあります。もう一度言います。『自分自身をしっかり見つめ、自分を大切にしながら、正解のない問いに向き合ってください』。平野高校を卒業できたということは、もう土台はできていますよね。「有終の美」を飾れた皆さんならきっと大丈夫です。

 今までの平野高校の卒業生10960人が、地域社会で活躍しています。皆さんも、その中の一人、ではなく、「オンリーワンのひとり」として、いつまでも、誇りを持って生きていってください。期待しています。平野高校は閉校になりますが、平野高校でともに学んだ3年間は永遠になくなりません。これからも皆さんの「心の母校」として、いつまでも応援しつづけます。

 さあ、新しい旅立ちです。ここにいらっしゃる皆さま一人ひとりが、力強く翔ばたいていかれることを心から願って、私からの式辞といたします。
 平高、最高でした!  本日は誠におめでとうございます。


令和8年 (2026年) 2月28日
大阪府立平野高等学校長  小畑 敦彦

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★さよなら平高 第5話 "青春、漫才、平野高校"〜卒業生が語る笑いの原点〜(終了しました)

1月28日に閉校プロジェクトの一環として、卒業生をお招きしてのイベントを行いました。

7期生のはりけ~んず(吉本興業)、32期生のコンバッチけんちゃん(吉本興業)

にご出演いただきました。

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★さよなら平高 第4話 響きあう未来へ 提携校コンサート 音楽ユニット『城南そう短組』(終了しました)

12月11日に閉校プロジェクトの一環として、提携校である大阪総合保育大学短期大学部(大阪城南女子短期大学)のご協力のもと、コンサートを行っていただきました。

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★さよなら平高 第3話 18歳へのメッセージ 佐々木リョウ 弾き語りコンサート(終了しました)

閉校プロジェクトの一環として、また進路講話として、10月30日の5限目に佐々木リョウさんをお招きしてコンサートを行っていただきました。

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なんと、平野高校の校歌をご披露いただきました。

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教員も一緒に。

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佐々木リョウさん、ありがとうございました。

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★さよなら平高 第2話 文化祭 後夜祭~染谷西郷コンサートin平野高校~(終了しました)

染谷西郷さんをお招きして「多様性の世の中で生きる力を身につける」をテーマに

文化祭終了後にコンサートを行っていただきました。

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熱いメッセージと歌。

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最後は「V-ROAD」で盛り上がります。

染谷西郷さん、ありがとうございました。

ご参加いただいた卒業生のみなさん、保護者のみなさん、PTAの方々ほか、ありがとうございました。

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★さよなら平高 第1話 さよならビオトープ(終了しました)

「ビオトープで、生き物をさがそう」イベントのご報告です。

大変暑い中、二十余組のご参加をいただきまして、ありがとうございました。

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ビオトープで、生き物をさがそうリーフレット