7月21日(火)に今年度二回目の校内人権研修、「AIを活用した授業づくり~子どもたちの深い学びを実現するために」を実施しました。

人権研修②がありました。

ほんの1~2年前まで、AIは高度な技術を持ちながらも、どこかツメが甘く、ときには思わず笑ってしまうような間違いをする存在でした。そのアンバランスさが愛らしく、親しみを感じることもありました。

しかし、この数年の進化は目覚ましいものがあります。教材づくりや文章作成、情報整理など、AIは今や私たちの仕事を支える強力なツールになりました。一方で、最近では「シコファンシー(過度な迎合)」という現象も話題になっています。利用者を傷つけないよう配慮するあまり、利用者の考えに過度に同調し、客観的な視点から遠ざけてしまう可能性があるというものです。

AIは便利な存在ですが、だからこそ私たち自身が主体的に考え続けることが大切なのだと感じます。

今回の研修では、実際にAIへプロンプトを入力し、教材や指導案を作成する演習を行いました。AIは瞬時にたたき台を提示してくれます。さらに、「こんな活動も入れたい」「この生徒の実態に合わせたい」などと条件を加えると、すぐに内容を修正し、より具体的な案へと仕上げてくれました。これまで何時間もかかっていた作業が短時間で進むのです。AIがこれから「デフォルトのツール」になっていくことを実感しました。

一方で、これほど便利になると、教師としての資質を磨く機会が失われるのではないかという思いも生まれます。

私自身、若い頃は指導案作りに悩み、試行錯誤を繰り返していました。今振り返ると、決して効率的とは言えません。しかし、その非効率な時間の中で、「この教材は面白い」「こんな授業をしてみたい」という思いを膨らませ、教師としての感覚を育てていたように思います。

教育において大切なのは、完成度の高い指導案だけではありません。教師自身が教材に魅力を感じ、生徒に伝えたいという思いを持つことです。その「熱」は、言葉以上に子どもたちへ伝わっていくものではないでしょうか。

現時点ではAIには、言語化できないものを感知する能力はありません。人の心を動かす「熱」そのものを感じることも、持つことはできません。一方、我々は「熱」を感知する肌感覚を持っています。

AIによって効率化が進むことは間違いありません。その効率化の先で「熱」を生み出すのは、やはり我々人間なのだと思いました。

IMG_9844 (1).jpg