昨日(6/8)は、25年前に大教大池田小事件があった日です。さまざまな事件がある中で、学校に不審者が侵入したことで発生した、痛ましい事件です。この時を契機に、学校では非常時に備え不審者マニュアルを作成することになりました。決して忘れてはならない事件ですが、既に4半世紀が過ぎています。同じことを繰り返さないために、何を教訓としておく必要があるのか、今一度考えておく必要があります。
皆さんも、そうですが街中でいろいろな人とすれ違います。その際に、不審者と気づける視点があるか、ということが重要です。学校であれば、見知らぬ人がいる、挙動の怪しい人がいる、などちょっとした特徴で気づくことができるかもしれません。その際には、一定の距離(手の届かない範囲)で対応し、仲間といたら、人を呼びに行く、相手を刺激しないようにする、など注意する点があります。よく、スーパーなどで、店内放送を聴くことがあると思いますが、その際には不審者対応の放送があります。あってはならないことですが、普段と異なることに気づくことの重要性を理解してほしいです。そして、まずは自らの命を守ることが重要になります。そのために訓練をします。
しかし、考えてみましょう。いろいろな訓練に参加した際に、自分事として考えて行動できたことが、何回あっただろうか?という点です。どこかで、きっと自分は大丈夫、という思いがなかっただろうか?ということです。
道路で車を運転していても、多くのすり抜けバイクがいます。縦横無尽に走っていきます。また、サンダルを履いて運転している人もいます。素肌をむき出しで携帯電話をしながら運転している人がいます。中には、歩道を走っているバイクもいます。きっと「自分は大丈夫だろう」なんですよね。人の行動を見て、気づいたことがあったら、自分に置き換え、自分は同じことをしていないだろうか?と思えることが重要ではないか?と思います。それが、備えになりますよね。昨日もフィリピンで大きな地震があり、日本でも津波の襲来に備え、注意喚起がなされました。どんな行動をとりますか?興味本位で潮位変化を見に行きますか?安全なところに避難しますか?ということです。
報道では、過去の大きな事件や事故、災害が伝えられます。この時に、「こんなことがあったなぁ」ではなく、「自分の周りではどうかな」「もし、同じことが発生したらどうしようかな」と考えていきたいですね。そうすることで、自分も他人も、命を守ることができます。一度考えてみてください。それは、社会人になって働きだしてからでも同じです。働くということ、と言葉を置き換えて、同じように考えてみてほしいです。きっと、その本質が見えてくると思います。